橋/藤原絵理子
 

静けさに目ざめた朝
千本格子に寄って眺める
まろくぼやけた夕べの足跡
やはらかに雪肌が吸ひ込む
とほい魚売りの声

せめておぼろな冬の陽が
見まがふばかりに華やぐやう
乾ひたくちびるに紅をさす
うつろな瞳の白い少女
姫鏡台の鏡に映る

月さへも見へぬ雪もよに
振り向きもせず去っていった
闇にとけ込む君のインヴァネス
また逢へるねのひとことを
信じるだけの鏡花水月

君のまぼろし追ひかけて
橋のたもとに彩り添へる
小雪に霞む蛇の目傘
矢絣の臙脂をかもめが笑ふ
渡るがいいさとかもめが笑ふ

引き千切りたい躊躇ひを
噛んだくちびるに融ける綿雪
その冷たさが心をくじく
まだ振り向かずには渡れない
橋の向に愛ほしい影

春になれば渡れるかしら…
はだれ雪に暮れなずむ街
さざめきも秘やかに

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