バベル/
 
側に彼女はいた
「あたしのことを憶えてる?」
にこやかに笑う顔を見ても
なぜかパーツを識別できない

それでもぼくは道を渡った
車は一台も走っていなかった
そのことに気がついた途端に
ぼくは車というものを忘れた

彼女は、ぼくを待っていてくれた
とても懐かしい匂いがした
ぼくは泣きたくなって笑い出した
そして鼻の使い方を忘れた

心配しなくてもいいと彼女は言った
愛も、憎しみも、希望も、数式も、
すべてが生まれた海に還っただけ
そして私たちはもっと散らばるの

とても懐かしい見知らぬ彼女は
すぐに風景と見分けがつかなくなり
自分の存在を忘れてしまったぼくを
スカートの中に飲み込んで消えた
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