まり と 水銀/イグチユウイチ
肉を 喰い破りながら
ただ一途に 心臓を目指すのでしょうか。
深く病んだ この肺よりも早く。
不意に私は、まりを想いました。
可愛い子猫のまま死んでしまった、可哀想な まり。
心無い誰かに 熟れた果実のように頭を割られた その最後は、
右の前足だけが蜘蛛の糸で釣られたように
天に向かって 力無く伸びていました。
死は、クレゾールの臭いなどではないと 私は知っています。
本当の死は、腐った臓物が発する 濃ゆい汚物の臭い。
夏の神社で潰れていた、まりの臭い。
眼から涙があふれた瞬間、
すべての風景が 色を失っていくのが見えました。
レースのカーテンが、まるで最後の景色のように
優しく 川風に揺れていました。
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