まり と 水銀/イグチユウイチ
 
古い体温計が、もてあそんでいた手の中で
音も立てずに割れました。

すらりと ななめに切れた指先から、
白いシーツに ぽたり と赤い血が滲みました。
体温計のガラスの管からは、夢のように美しい水銀がこぼれて、
指の傷口を伝い、ベットの上を滑って、
やがて 木造の床に落ちました。

その日は、もうすぐ梅が咲くのではないかと思うほど、
暖かな陽が差す 一月の祝日で、
十四の私は 静まった病室に ただひとりでした。

右の中指から染みてくる紅い血を見ながら、
これが 病んだ私の中を走る河なのだと思いました。
切れて 小さくめくれた皮膚の境目は、
二重の薄紅色をしていました
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