オルゴール/嘉野千尋
 
  古い町並み
  もう、思い出は薄れて
  それでもまだ
  オルゴールの音はかすかに響いた

  緩やかな下り坂の終わり
  あの曲がり角を越えて
  少女時代が
  降り積もった枯葉のように
  ささやきを残しながら、去ってゆく 

  最後の贈り物だった小さなオルゴール
  帰り道に二人で耳を寄せあった、あの

  寄り添う悲しみにすら気付かずにいた、
  あの幸福な、
  幸福な

  一両編成の、電車がゆっくりと
  冬の陽射しを纏いながら
  並木の梢にそっとふれ
  粉雪が
  きらきらと零れるたびに、
  少しずつ
  過ぎ去った日々が
  幻想の中で息づくように
 
  閉じないで
  オルゴールの蓋を

  その終焉にさえ気付かぬほど
  オルゴールの音が
  かすかに、かすかに
  今もわたしを包んでいる



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