蕎麦屋/草野春心
 


  蛙がいっぴき、
  きみの眼のなかで凍え死んでいる
  その皮膚は潤いというものをうしなっている
  そんなことお構いなしにきみは蕎麦を食べている
  分厚いダッフルコートのボタンを外しもせず
  店のなかのどこかの席では
  ぼくかきみかどちらかの知り合いが
  大ぶりの天麩羅にはらはらと塩をふっているが
  挨拶をするつもりはどちらにも毛頭ない
  冬の蕎麦屋は馬鹿みたいに寒い
  床は油で死ぬほど滑る
  ジャケットにしまった躯をよじる
  ぼくはきみの太腿を蹴飛ばしてしまった



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