透明な死人のために/草野春心
遠くまで、
その日は夜霧でなにもみえなかった
ダッシュボードに置かれた読みかけの雑誌は
信号の赤を浴びるとき、諦めたようにあなたの膝に落ちた
まるで亀の甲羅のように あなたがいることそのものが
微かに 煮え切らない湿り気を帯びていた
きょう、初めて、あなたの部屋にはいった
そこは広いとは言いがたいが清潔に整えられ
カーテンの色もベッドの柄も その位置にしても
見事に調和していた それがわたしをこの上なく苛立たせた
透明な死人が数人、仲睦まじく生活するのには相応しい部屋だ
とわたしは思った
口にさえ出そう
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