最後の紅/渡 ひろこ
 
り諦めの方が楽だったのだろう

そんな母のために、手を尽くした介護の環境も
娘としての人の道も、この「我儘」の前に翻されて
心ならずも会えなくなって一年
再会を果たした時には、母の方が焼かれてしまうとは…


苦渋の選択を強いられた月日は
ままならない痛みが破裂しないように
私の中でふくらむ黒い塊を
いつの間にか薄い皮膜で覆っていた


祭壇のろうそくの火が
長い大きい炎になって、ゆらゆら立ち昇る
「ママ、いま此処に来ているの?遅くなってごめんね」
不思議と心は無風で凪いでいた
母は望み通りに逝ったのだ
今頃どうしているのだろうと、もう思い悩むこともない
ついこの間、夢の中に風呂上がりの母が現れて
別れを告げにきてくれたからだろう
涙と懺悔で目覚めたその日から
なぜか覚悟は出来ていた


棺の中、すべてを赦したように目を閉じる母
小指でくちびるに、そっと最後の紅を差した







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