「老人と犬」/宇野康平
朝、足の間を通る冷たい風が頬を撫で、小鳥も寒さに声を詰まらせる。
老人の乗る三輪の自転車に、白く縮れた毛に埋まった老犬が連れられて
いる。その犬は、進む、止まるを幾度も繰り返しながら、ノロノロと老
人の後を付いて歩いていた。
「はやくおいで、白くれ」
急かされても動きは変わらないのはいつものことで、毎朝の散歩に忙し
く舌を出す。しょうがないと、主人はいつも歩みを合わせくれる。それ
が白くれにはうれしかった。軒並み、解体が続いて寂しくなった風景に
犬は不安げに、空けた空を見つめている。散歩の折、老人の腰休めに使
っていた公園も、区画整理のため解体される。腕組みをしながら、公
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