きみはしっているのか/草野春心
 


  きみは自分が誰かしっているのか
  湯で卵のはいったカレーパンを口にほおばり
  買ったばかりの黒い手帳に夢中になっているとき
  見境のない冬の風が 昨日のきみといまのきみを重ね合わせる
  いまだかつて使われたことのない言葉がきみだけに姿を見せ
  路地の奥のほうへ いざなうように消えてしまう
  手のひらに落ちて溶けた初雪のことを覚えているか
  道に沿って並ぶ街路樹たちの名前を
  きみの母や父が通りすぎた 幾つもの街
  そこに息づく 微光のごとく煌めくささやかな幸せのことを
  きみはしっているのか
  夜、きみが眠りについた後に
  きみの心は きみから遠く離れて
  どこかの森の小川を流れ 石に洗われ
  魚たちがそれを見てくすくすと笑うのだ
  きみは自分が本当にきみだということをしっているのか
  新しい手帳にきみ自身を刻み込んだようなふりをして
  そんなにも ひたむきになって



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