9/きるぷ
 
誰かによってすでに忘れ去られ
行き場を失ったおもいでが
枯葉のように不規則な落下をして
ぼくの背中に貼りついた

軒の低い屋根
が向こうまで続いた商店の群れ
の隅のうす暗がりからやはり
かすかにも動かずに
行き交うひとを眺めているのは
これも誰かの何かのようで
ふしぎな街だここは

そんなものたちを
めざとく見つけ捕らえては
ポケットを膨らませ
歩いた休日の夕暮れは
とても愉快だった

ゆるい傾斜の坂を下り
左へ曲がると

 「オムライス500円」
 「スパゲティボンゴレ600円」
 et cetra...

手書きされた値札と
35年前の、紙粘土でつくられた商品見本が
ウィンドウの中で妖しげに浮き上がっては
とうがたった娼婦の秋波を送る午後六時半だった



帰り道
ポケットの中の亡霊どもを取り出して
風の向きを見計らいながら
再び大気の中へとばらまくと

それらは
透明な無数の花びらのようになって
どこへやら散り飛んでいった
そのなかにはきっと
ぼくのこんな一日も
混じっていたにちがいないのだ
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