名も無き人/イナエ
 
り 大石 小石 おれの婆様名はお石
大石主税 内蔵助の子 討ち入りしなけりゃただの武士
お家断絶浪人者 百姓していた爺ッさの先祖も素浪人
とはいうものの名前は不明 権左右衛門か権兵衛 五郎兵衛
ごろつき権太 ごろつきよりは無名が良いかも

墓でさえ 
後から名付けた佐藤 伊藤 山田に田中家先祖代々
さらに家の先祖を探れば 木製の墓標は土に戻り 
誰が置いたか漬け物石に変わり果て 
名前なんぞはどこにも見当たらない

ナポレオンよおごるなかれ 
凱旋将軍支えたのは名も無き兵士 
王を支え国を守った 名も無き防人 
庶民は常に名も無き民さ

原発事故処理 現場で働く
名も無き下請け業者の名も無き若者 

無名の民から詩人が産まれて
何千人の詩人に紛れ 何万冊の詩集に埋もれて
詩集の死臭もなく
紙の碑とは言えど見る人も無く図書館に埋葬されて
やがて 野辺の煙…
今や煙などになることさえ許されず宙に消える

気をつけるが良い
あなたが今吸い込んだ空気の分子 何粒かは
お石婆様の分解されたのものかも知れん

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