振り返ると/岩下こずえ
 
、ぐちゃぐちゃになっている街並み、そんな混濁した世界しか、見出せなかったのだ。
 そうだった、Kは、ただ大きな地震の後、とっさに高台へ逃げてきていただけだったのだ。けれども、Kがそこにみていたものはなんだったのか。Kが逃れようとしていたもの、あれはまぼろしだったのか。じぶんが生き慣れ親しんだはずの街並みが無残にも汚濁の渦に帰しているその光景は、まさに自分が逃げてきたはずの、あの沼地とどれほど本質的に違っていただろう。自分が逃げようとしてきたものを、Kは、どうしてその両眼全体に焼き付けなければならないのだろうか。
 こんな怨念にみちた沼地を、誰が知しっているだろうか。おそらく誰も知らない。誰にこんなことが望みうるだろうか。どんなふうにして、こんな世界を生きることができるだろうか。夢のような、カタストロフの一幕の中でのみ、かろうじてこんな風に、感じ取られるだけなのだろうか。
 Kは、手すりにもたれかかりながら、じぶんもまたこの濁流にのまれていた方がよかったのだろうかと、そう自問せざるをえなかった。

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