伝えられない本当のこと /板谷みきょう
朝食の皿が並ぶテーブルに着いて
ご飯とオカズから少し離れた場所に
小鉢に温泉卵が入っていた
ぷるぷるとして
白く美しく光り輝いている様に
神々しさまで感じられる
珍しい我が家での
朝の小鉢の温泉卵
玄関の扉の開く音がして
雪を払う音
アノラックを脱ぐ音がする
寒さに頬を紅にして
茶の間に冷たい空気と一緒に
入ってきた妻が
「オハヨー。」と言う
「おはよう。」と
まどろみに応えながら
温泉卵を
小匙で一口掬って食べる
そこで衝撃が口の中を襲い
すっかり眠気が飛んでしまった
食感と味に初めて
それが
手作りヨーグルトだと
知った
雪が降る時期が近づいて雪を想うと
ぎっくり腰で
除雪ができなくなったあの朝を
思い出す
今年は夏の間に
小樽北一硝子の洒落た碧い
クリスタルの小鉢を買って
果実やヨーグルト用に使っている
今でも
妻は
クリスタルの小鉢を
買った本当の訳を知らない
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