誰が誰かもわからない人だかりのなかで/草野春心
 


  玉蜀黍よ、わたしは考えていた
  家にのこしてきた洗濯物のことや
  背広にしのばせた セブンスターの空き箱のこと
  やがて都市は赤く染まり
  猿はどこまでも愚かに
  皺がなかった部分だけを 新しい皺でよごしていき
  車たちはそこを選んで 列をなして走ったのだ



  玉蜀黍よ、
  わたしは水を飲みたかった
  わたしはあなたたちと話がしたかった
  誰が誰かもわからない人だかりのなかで
  (都市は赤く、猿は愚かに)
  夜、書棚から一冊の分厚い本が
  落ちてきて
  部屋の床を
  重苦しく
  鳴らすまえに




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