すべてを書きたかった/栗山透
 
すぐに建物の影に隠れてしまった
僕はそこで立ち止った

僕はまぶたを閉じてから
大きく息を吐き、また吸い込んだ
ゆっくりとそれを何度か繰り返すうちに
身体が少しずつ夜に馴染んでいくのが分かった
どこからか鳥の鳴き声が聞こえる
鳥は甲高い哀しげな声でなにかを訴えていた
それは映画の冒頭で映しだされる
象徴的なシーンのようだった

僕は映画にでてきた詩人のことを思い浮かべた
彼は鳥よりもずっと哀しい人だった
彼は人生の深みに嵌ってしまいそこからもう
文字通りまともに歩くこともできなかった

「すべてを書きたかった」
彼はそう言った

「完璧だったあの一日も」
「僕の気持ちも、君の人生も」
「すべてを書きたかった」

僕もそう思う
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