錯視/春日線香
晩遅く帰った宅の
戸をからからと引いて
玄関先に靴が揃えられている
その脇をすっと通る
長い廊下にはぼんやりと俯き加減の
男や女が行き交っていて
もうさすがに惑わされることはないが
とうに慣れた今でも
なんとはなしに気にかかる
あるいは
些細なことを気にしている自分が変で
世間は折り込み済みなのか
毎日たくさんの人とすれ違うが
十年もすればこの中の
何人かの人は生きていないのだろう
それが自分だとしてもおかしくないわけで
いつか鏡にすら映らなくなる時が来る
そこには誰かいたのかもしれず
初めから誰もいなかったのかもしれない
寝る前に洗面所で
丁寧に目玉を洗う人のことが
時々信じられなくなる
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