音の無い時間には血液の足音が聞こえる/ホロウ・シカエルボク
 
構わない?まるで化粧っ気のない女だったけれど、指先だけはいつも赤く塗っていたっけな、動脈を流れる血液のような赤い色にさ、そう、まるで俺の体内に塗りつけられた血液の足跡みたいな…薄暗い照明の中で、あの赤色だけははっきりと見えたな、俺はあの指先に導かれていたのかもしれないな、放ったらかしても差し支えない示唆のように、あの赤色を見つめていたのかもしれない、どうして思いだせないんだろう?そんなことぐらいしか?…部屋の中には朝置き去りにされたままの散漫な自我が蓄積している、そいつらを押しどけてシャワーを浴びると、どんな理由なら動けるのかと、面倒臭い疑問が頭をもたげる、あの、そう、あの店の名前…女を誘う時、俺、口に出さなかったか?「…っていう潰れた店があるんだ、潜り込もうぜ、なあに、誰も来やしないよ…」どうして思いだせない?カウンターの女の赤く塗った指先のことぐらいしか……


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