夏、プールにて。/時子
彼女は不思議に通る声で言う。
「泳ぐのをやめろとは言わなわ。泳ぐのは素敵な事だもの。でも、プウルとやらには波がないわ。だから水が濁るのよ。水が濁れば、目も濁る。もっと広い世界を見なさいな。」
「広い世界…?」
ニコリと微笑んで、女の子はプールに飛び込んだ。長い髪がユラユラと揺れ、鱗が月の光に反射してキラキラしている。
ぷはっ、と女の子が水面に顔を出したとき、プールは境界線を消して海になった。
そこは、僕がいままで見たことのない世界だった。
「さよなら蛙さん。海を目指して、またその足で泳ぎなさい。」
そう言って、女の子は海に消えた。
あの日から、マグロと月が浮かぶプールに行くのが日課になった。
もう秋になる。
僕は受験勉強を始め、松葉杖のかわりに鉛筆を握って今を泳いでいる。
おわり。
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