克服/破片(はへん)
多分、日傘を差してくるでしょう。どんな人かって? 見た目でしょうか? その内、話してあげたいと思います。
彼は煙草を指で挟み込むようにして手に持ち、口元と灰皿とを往復させる。脳内の血管は収縮も拡張もしない。次第に煙草を挟んだ彼の指先が僅かに透けていった。少しずつ、透過の度合いが強くなっていく。指先から腕へ、そして肩、胸、首と腰回り、頭の天辺から爪先まで透けるようになって、どんどん、色彩も、視認できる存在自体が希薄になっていって。人類は死を克服したから、
凄く美人ですよ、あなたには見えないだろうけれど。凄く綺麗な声ですよ、あなたには聞こえないだろうけれど。凄く、優しい方ですよ、わたしには勿体ない方です、あなたは感じないだろうけれど、ね。
処刑されるためだけに、母親になろうとする女性だけが、存在を強固にしていく。彼の恋人は玄関先で、楽しそうに笑いながら一人で喋っている。それを驚くことのできる者が誰もいないのが、彼女にとってはほんのちょっぴりの不幸だったかもしれない。彼の言った通り、彼の恋人はとても美しかった。
戻る 編 削 Point(2)