○○○のはなはよるひらく/佐々宝砂
 
てしまった。
舌と声帯はまだ使えるので喋ることはできる。
喋る必要はないのだけれど。

それをいうなら息をする必要だってないのだけれど
息をするのは臭いをかぐためだ。
私の体臭は芳しくない。
特に昼日中はよろしくない。
本人は馴れてしまっているし
そもそも人に会うこともないので気にする必要はないが。

上体を起こす。
やや苦労して寝具から身体を引き剥がす。
ちょっと失敗した。
取り返しはつかない。
こうやって私は日々欠損してゆく。

しかし今は夜だ。
少しなら出歩くこともできる。
夜の道にながれる夜の臭い。
視力が喪失してもこの感覚を味わうことはできるだろう
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