例えば、私の。/方舟
 
見えてこなかった。真っ直ぐにならなかった。シフォンケーキをつついていた。あの朝の、私の皮膚。重ねられていた。スポンジ状の襞の集合。ケーキの隣のブラックコーヒー。ただ冷めていった。渦を巻いて。あの朝の、指先。例えば、私の。
駅前の喫茶店。ロータリーをゆっくり旋回する循環バス。市内から遠くの墓地まで。そしてまた逆へ。緑色のラインが入っている。そして誰もが目撃している。誰もが黙視している。「お帰り。」「ただいま。」囁き声。呼び声。問いかけ。沈黙。

紙ナプキンを折りながら
散らかしてしまった時間を
たたんでゆく
爪先だけでたたんでゆく
ぐるぐる回りながら
冷めてゆく
ブラックコーヒー
ケーキはいそいそと
崩れてゆく
息継ぎをするために
湿った黒のインターフェースに
薄青い鱗の魚が
浮かび上がる。
「ここはどこ?」と
その魚は視線だけで尋ねた。

瞬間が、柔らかな陽射しを浴びて水槽に閉じ込められている。波打っている朝の表面。私は急ぐ。
なにもかも。あらゆることを。



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