涙の犯した悪ふざけについて/茜井ことは
 
その詩人は彼自身の紡いだ言葉で
ひとりの少女を殺してしまうことを切望していた
その欲のために詩人は
自らの涙をインクにして
少女へのあふれでる恋着を
毎夜手帳にストックするのだった
書きつけるや否や蒸発していく文字が
まばゆい結晶に凝固する日を待ち侘びながら

涙とはすなわち血液である
憤怒が脱色された諦めの液体である

問題は詩人が涙の正体を知らないことだった
では、忘れ去られた詩人の怒りは
いったいどこへ行ってしまったのだろう?

伸びていく少女の髪に耐えきれず
とうとう詩人は
少女をその手にかけるべく
一篇の詩を編もうと決めた
波打つページが延々と続く手帳を
詩人はめくり
めくり
何通もの艶書を送り出そうとしたのに
窓ガラスに映った顔が歪んでいるのは
どうしてなのか

もぬけの殻のアパルトマンに
打ち捨てられた手帳を開いてみると
赤いインクで描かれた
さみしい男が見えるという噂です



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