湿気たマッチ/ヒヤシンス
 

冬の到来を告げる鐘の音が、枯れ木の山に木霊する。
一日の仕事を終えてヒュッテに戻った老人が、冬支度に勤しむ。
老人は冬が大好きだ。ことにこの雪山においては。
誰も訪れず、誰とも喋らず、ゆったりと自分の時間を過ごせる季節。

雪よ、降れ。降り積もって、このヒュッテへの道を早く閉ざしてくれ。
老人は人間が嫌いだ。
昔はそうでもなかった。老人の人間嫌いは自然に始まった。そう、自然に・・・?
今ではそれを疑う者もいなくなり、それに興味を持つ者さえいなくなった。

ある寒い晩の事、老人は暖をとろうと暖炉の前でマッチを擦った。
マッチを擦った、擦って、擦った・・・。
どのマッチも、ジュっと一瞬赤く光りすぐに白い薄い煙を吐いた。

湿気たマッチに火はつかない。老人の瞼の端に滴が溜まった。
湿気たマッチは老人そのものだった。冷え切った体の内側に熱いものがこみ上げてきた。
毛布にくるまり記憶を辿ると、聞こえてきたのは母親の鼓動だった。

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