病室/73
い。
母は唇を堅く結んだまま花を花瓶に生ける。
それから椅子に座って林檎の皮を剥く。
病室にはまな板が無い。だから皮を剥き終わったそれが八つに等分されるのは直接、皿の上だ。
母はナイフについたわずかな水滴を少しの間眺める。
(うちの人はみんな林檎が好きだ。私にもそれは受け継がれたらしい)
ようやく唇を緩めた母はピンクのプラスチック楊枝を差し込む。
傷口からわずかな水滴。
母は毎日花瓶の水を換える。
皿の上の林檎が日ざしに焼けて変色していく。
陳腐な比喩はいったい誰のためのものなのだろう。
*
私が最後に見た病室はたしかに白かった。
私は、陳腐な比喩を正しく消費したのだ。
(20120108:七海)
戻る 編 削 Point(4)