2013-3-31/南条悦子
 
のは先生方の対談の中でも出てきた所なのですが、先ほど一番目の方が質問にあった治療としての技法に役に立つのかという問い、それを僕は全くその通りだと思っていて、溝というか埋められない断絶があるのですね。僕自身3ヶ月前に丁度頸椎自殺未遂を企図し、ほとんど強制入院に至ったわけですが、そうであるからして、僕は本講演において先生方の被験者となると思います。

さて、僕が提起したいのは、フィクション論としてレヴィナスを捉えてみると全く正反対の帰結に至るのではないか、という希望であります。小説世界において「私」という概念を僕が述べた場合、その「私」は私たりえますが、同時に私と他なるもの…筆談に写る。


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