片輪の夢(散文詩)/水瀬游
 
所には、まるで車椅子のそれのような、平たく大きな車輪が付いている。それも右側だけ。必然、少女は横倒しとなっていた。車輪は古めかしく、所々が赤く錆びている。
「……ごめんね」
 彼女の口から初めて投げかけられたのは、謝罪の言葉であった。その声は囁くようで、それでいてこの広い暗闇によく通った。
「それ、付けてもらえる?」
 彼女のそばにもう片方の車輪が落ちている。彼女は遠くを見ているとも、床を見ているともつかない虚ろな目をして、だらりと身体を投げ出したまま腕だけで車輪を指差した。自分は車輪を拾い、それを彼女にはめ込んでやった。ずぶり、と感触が伝わる。痛むのか、彼女は顔を歪め、ひっ、と小さく声をあげた。
 見ると、車輪は左右で大きさが違った。左側が少し小さく、不格好だ。起き上がり、僅かに左に傾いた彼女が、こちらを見下ろしながら言う。
「さ、行きましょう?」
 少女は長い腕で自ら車輪を回し、進み始めた。
 ぎしぎし。ぎしぎし。ぎしぎし。
 自分は少女について行く。やがて海に出るまで。
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