僕が思う現代詩と合唱の関係について(8)/赤青黄
の壁」をサラット一読したのだが、その著書の中で氏は
「関心とは良い方面でも悪い方面でも適度に持っていればいい。だが、関心を片方だけ極
端に持つことと関心がないことはあまり良くない」みたいなことを言っていた。(うろ覚
えなので、違かったらすいません…)
僕が思うに、多分現代詩を嫌う人々の多くは「現代詩に対して無関心」なのではないだろ
うか?多分、現代詩=難解というイメージも、自分が現代詩に無関心である理由を単純に
答えるための言い訳に過ぎないのではないだろうか。
氏はバカの壁の中で「関心が多少でもあけば『いやよいやよも好きの内』という言葉か指
し示すように、悪い印象でもふとし
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