彼女についてのケース・スタディ/塔野夏子
時の檻の中で
彼女は銀色のルージュをひく
幾度目かにひらいた
青い扉の向こうに見えた落書きが
彼女の意識の何層にもわたって谺している
劣化した夢 腐蝕した幻想が
あたりに散らばっていても
彼女が柔らかな祭壇へと
彼女だけが知る供物を捧げる妨げにはならない
そして彼女の頭上を
北東から南西へと
思いがけないほどまっすぐに
一羽の鳥が飛ぶ
彼女は静かに立ちあがる
一個の林檎が彼女を見つめている
誰が彼女を抱きしめ得るのか?
彼女の髪のゆらぎが引き起こすバタフライ・エフェクトを
証明する手だてはとうに
失われて久しいのに
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