夏の日の思いで/乾 加津也
 
母さん
ぼくは思いだしました
まだ若いあなたの
細くも強いその手にひかれて夏
緑に燃える蜜柑葉をくぐりどこまでも道はつづいていました
おばあちゃんのお家までねと
暑くて永い昼下がり
眩暈に揺れるわたしたちの
上気した影が色を失い 枠のない
カンバスの上で途方にくれましたね
あなたが買い与えてくれたヤクルトの味が粘っこく
いまでもぼくの球い喉から目覚めては
なおも積み重なる
始原の底の薄さに喘ぐ
そうです
あたりは狂った蝉で騒々しくて
ぼくはすべてを感じとることができませんでした
あなたの手のひたむきな感触のほかには

そして
あゝ 母さん
ぼくはあの日ほどよく晴れた空を
この手で生きることができない

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