各駅停車で、春に向かう/木屋 亞万
 
春へと旅立つ
厚い氷のトンネルを抜けるたび
金属の車輪が鶯の鳴き真似をする
繋がって泳ぐ魚は駅に出会うたび立ちどまる

雨水が硬い表皮を滑り落ちる
やさしい雨の季節だ
ちいさな水の粒子に包まれて
草木もみんな子どもに戻る

本の虫さえ外の世界への戸口を開く
開かないはずの窓をあければ
白黒の世界が桃色の泡を吐いていた
キャベツ畑の横を過ぎれば青虫さえも羽を持ち
白い糸で織られた手紙

春に着いていたのだと分かったのは
朝の雀の笑い声を夢の最中に聞いたから
立ち止まる女の上に降り注ぐ薄紅色の花弁の雨
風は冷たく山の端の陰で歯軋りをして
雷鳴は冬の静かな怒りと共にある

清潔な活力を持つ朝の日を浴びて徹夜明けの月さえ白い
花で満ち溢れる世界を通り過ぎることが惜しい
華やかな風景を背に入れ替わる
乗客たちの背中と横顔
花を散らすたびに雨はすまなそうに虹を残した

花が咲くことさえ過ぎ行くこととして
雨を浴び青い芽を吹いて草木は萌える
朝はもう寒さの欠片もなくなって
座る牡丹ともうじきにつかまり立ちを始める芍薬

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