背骨が浮いている/水川史生
背骨が浮いている
間に挟んだピアノの音階は、 じわりとけて霧散する夕暮れ
歩くことをやめた亡者の形骸に後退
軋み続ける
撓っている
真白に、正常に伸ばされた骨の上で清く
ゆるやかに逆立つ毛並みの
そう なかにはなにもないのだ
怖がらなくていい
嘘をついたって上々 脳髄は零れてしまっているから もうなにもないのだ
瞼の裏で点滅しているあれが 燦々と降り続く星の生命
正しくあれ 正しくあれ
五本の指で掴み取れるものこそおまえの
おまえの柔らかなからだに満たせるものだと思え
正しくあれ 正しくあれ
清さはいつかおまえを救うだろうから 救うだろうから
飲み込めなければ浸されるしか道がないのだ
しかしそれでは 鰓呼吸でないから死んでしまう
せめておまえはと託される声たちの
なんと無責任なことか
背骨が浮いている
飛ぼうとしたのだ 確かに
確かに
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