風邪/葉leaf
 
みの中に囚えるものでもあったが、同時に私を日々の生産や成長から切り離してくれるものだった。高校時代、プログラミングに熱中して徹夜した後に風邪をひき、北側の子供部屋のこたつの中で寝ながら、そこに私は生と死、進展と衰退の二元論が崩壊していくのを感じていた。日々の生産や日々生きることから解放され、ひたすら衰えながらも、その衰えるところに、つまり死が時空間に入り組んできたところにしか成立しない恐ろしい広がりがあった。それは救いのない無であると同時に、まったく自由で可能性に満ちた広がりだった。今日も私は風邪をひいているが、そこに開かれる無際限の空間に、目標や希望や労働を投げ捨てると同時に、その空間全体から安らかな「死」という霊気を呼吸してもいる。

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