千手観音/ナラ・ケイ
 
遠い思い出と同じように
唐招提寺は雨に濡れていた
門をくぐった瞬間に
眼に収まる美しさは
何ひとつ変わらなかった
ここでは時間が進みようがない
冬の冷たさと雨の湿りがはりついた柱
息を止めたように見える樹々が
ただ春を待っているのではないと
ベルベット様の苔の鮮緑が告げる
鳥の声だけが
凍りつく空を行き交う

千手観音との再会を果たし
わたしはたずねた
いまのわたしに
その手を差し伸べてもらう資格は
あるでしょうか
この苦しみは苦しむに値するでしょうか
千手観音は答えない
わたしには資格はあり 資格はない
この苦しみは
苦しむに値し 値しない
ただ苦しみ抜かなければ
その手が差し伸ばされることはない
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