十三階の女/草野大悟
 
わばらせたことが遠目にもはっきりと判った。

「なんなのよおー。この女なんなのよおー」そう繰り返しながらまとわりつく女を、男は犬でも追い払うように「うるさい」、そう言って押しのけた。
担架の女が救急車に乗せられた。
救急隊員が続き、男が続いた。
「あんたぁ、そんな女と行かないでぇ、あんたあー」
女は半狂乱になって救急車をガンガン叩きながら叫び続けた。

サイレンを鳴らし、救急車が発車しようとしたその瞬間、女が前輪直前に横たわった。
救急車が動き出した。その直後、「ゴトン」という鈍い音が二回、亜紀の耳に聞こえてきた。
救急車は、十メートルも行かずに停車して救急隊員が飛び出してきた。
隊員の後方には、先程叫んでいた女が倒れていた。
降りしきる雪が、横たわる女の躰をそっと包んでいった。
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