川の匂いの告白/吉岡ペペロ
太陽が見えなくなると黒くなった川面からたつ川の匂いが確かになった。
風が吹いてもそれはどこへも去らずただ辺りを湿らせ懐かしがらせ暗くさせ刹那の思いに姿を変えたりもした。
普段聞かない音が川の匂いを震わせた。
慌てたような畳み掛けるような音だった。
その音に震えたあとしばらく人間の声がいくつかあがり何かが当たる音や擦れる音が届いた。
川の匂いはいつも夜にかけてやや強くなり誰も知らない最高潮に達して朝のひかりに飽和し霧散する。
ひとの足音や風の音、車の音やどこかの鐘の音。
見えないものだけが触れ合える唯一のものだった。
光が射すと見えないものとは触れ合えなくなるのだった。
ひときわ震わせる音がしてそれが遠ざかって行った。
川の匂いは決然とその音に取り残されていた。
ガムを噛むようになにも考えずに。
そこに川がある限りゆるやかにしがみつきその目をもう暮れかけた空の透明な群青色に向けながら。
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