無題(静かな夜〜)/カワグチタケシ
聞こえる。気温が下がりはじめる。
ほどなく山は冬を迎える。そして、霜が木々を覆うだろう。
はるかふもとの谷間から、電波の飛び交う音が聞こえる。温度を持ったかすかな振動が、信号となって光を発するときにたてる音。裸足の生き物が枯葉を踏む音が聞こえる。自分より強い生き物に狙われている者がたてる用心深い音。誰かが便箋にペンを走らせる音が聞こえる。文字。書きあぐねては、また紡ぎだされる曲線と点とがたてる音。インクが紙に染み込み、乾いていく音。
器官の音が聞こえる。そのころにはもう、闇はじゅうぶんに明るいのだ。
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