無題(静かな夜〜)/カワグチタケシ
 
 静かな夜。まだ眠くはないが、電灯のスイッチを切る。大気が重みを増し、数百メートル離れた隣家から冷蔵庫の低いうなりが伝わってくる。窓ガラスに埃の粒が当たる音がする。ひとつ、ふたつ。そして、目がだんだん闇に慣れてくる。
 長かった夏が終り、山並みを月が照らす。残照。揺れているものがある。崩れていくものがある。舞い上がり、落下するものがある。気配。僕の目はなにかを見ているが、じつはなにも見てはいない。
 雲が動く音が聞こえる。雲は風に押されている。風はかたまりになって山肌をかけおりてくる。そして山頂には次のかたまりが、さらに高いところから降りてくる。雲の中で、幾千もの氷粒たちがぶつかりあう音が聞こ
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