湖のあなた/綾野蒼希
 
わたしは昔話を聞くように
湖のあなたの前にいざなわれた

しかしもう――
わたしもあなたもすっかり疲れきっていて
遠く近く反響しつづける音を
完璧に研がれた鎮魂歌を
たんなる耳鳴りとして片づけてしまいそうで怖い
(こわい
  こわい
   こわい)

寄る辺がないわけではない、
精一杯差し出した指先に触れるか触れぬかのあたりで
愛しい夕べを内包しているものたちの思い出を感じることはできるから
わたしたちは果たして今日のしもべなのでしょうか?
明るい昼下がりに戻ることは許されないのでしょうか?

湖のあなた
そしてこのわたし
わたしたちはずいぶんと長い間離れ離れだった
わたしたちは互いの色香に迷い込むのをおそれた
わたしたちは叡智を教え合うのをためらっていた

わたしはわたしの話をしよう
かつてここで人魚になりきれなかったわたしのことを

あなたはあなたの話をしてほしい
些細な言い合いでさざなみと決別した日のことを

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