裏側/望月 ゆき
 
いた
シャツの染みも、母の叱責も、
時間から剥がれ落ちた、鱗にすぎない
わたしたちは日常を失ったようで、
ほんとうは
日常からわたしたちが失われていた
 

ピアノが、居場所を失念したまま
土に寝転んでいる
鍵盤をたたくと、指から脈拍が放たれる
すると世界が 全身を耳にして、それをとらえようとする
楽曲はいつか、終わってしまう
旋律だけが残り、記憶の中で再生される

 
過去はどれも美しく 四角く切り取られていて
未来はいつも ピントが合わない
二次元の中だけに生きつづける人たちの
影法師を埋葬すると
ある朝、その場所から
小さな産声が芽吹いた


洗濯槽から、洗い終えたシャツを取り出す
それから 頭をつっこんで、
母を探すが、見当たらなかった
ぶどうジュースのシミは、今朝も残っている
永遠を祈ることは、なんと怠惰なのだろう
洪水のあとのカビ臭さが懐かしくて わたしは
まだ見ぬ死後を 錯覚してしまう




「狼」二十号掲載作品

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