海の誘惑/まーつん
赦なく近づいて
僕は思わず叫びをあげ
それは怒涛の汽笛となって
船上の客を驚かす なんだ? なんだ?
無人の艦橋(ブリッジ)を見上げる
彼等の顔 顔 顔
沢山の魂 沢山の心
海は盛んに急き立てる
゛さあ、はやく はやく
それが欲しいの あたしにちょうだい ゛
行く手にうねる 波間が割れて
すらりと伸びた 二本の足のように割れて
その間には 銀色に鱗を光らせる たくさんの鮫がひしめいて
僕/船は思わずよろめいた
傾いた背中から雪崩落ちる
沢山の乗客たち 悲鳴と共に
水音 血しぶき 噛み鳴らされる歯
゛やめてくれ゛
引きつり声で 僕は叫び…
目覚めると
天井が僕を見下ろして
汗が総身に噴き出して 長椅子の手すりが
転がり落ちようとする 僕の身体を引き留めていた
水を一杯飲もうかと
立ち上がった己の顔が
食器戸棚のガラスに映る
剥きたての卵のように
全ての皺が消えていた
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