ホッチキスでとめただけの簡単な詩集、でもそれを君は本と呼んで/木屋 亞万
殺/ 交通事故もほとんど自殺/ 戦争も精巣も自殺自殺自殺」
何なんだ。
「ラリアットしたい/ すれ違うすべての人の穏やかに/ 愛のラリアットを/ 腕が青く腫れて/ 柔らかさが完全にそこなわれても/ 骨が折れても/ 肉が見えても/ あたし/ お前らにラリアットするよ?」
何なんだ、これは。
めくっても、めくっても意味がわからない。なぜ初デートで入ったカフェで君がこれを僕に見せるのか。とりあえず僕はフラペチーノを一口飲んで、全身恥部という詩の「小腸をのたうち回る陰茎/ 柔毛を揉みしだき」という表現を褒めてみた。君は眉を顰め、表情がかたくなった。
君の望む返答ではなかったのだ。確かに日曜の夕方に洒落たカフェで口にする言葉ではないと僕も思う。
君ははっと何かに気付くと、詩集を僕の手から奪い返し、「ごめん、こっちだった」と、ホッチキスでとめただけの簡単な旅行ガイドのコピー集を渡してきた。君はそれをいくつかの旅行案内の本から抜粋してきたようだった。
僕は詩集のことは、深い無意識の穴に埋めて、君が再びそれを差し出すまで、二度と掘り返さないでおこうと思った。
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