伊達風人詩集『風の詩音』栞/葉leaf
 
からないだろう。しかし、伊達にとっては、まさに言葉の受け手の反応を一度遮断するような書き方が必要だったのだ。すぐに共感されてコミュニケートできてしまう言葉は、その共感によって意味が変貌させられてしまう。共感は、ステレオタイプな認識を量産するだけで、対象との直接的で繊細な接触をむしろ阻害する。話し言葉的な様々なプロセスを遮断し、話し言葉にまつわるノイズを遮断し、純粋に直接対象と向き合ったとき、彼には書き言葉による精密な書法が必要になったのである。
 このように、伊達は、話し言葉的なプロセスを無化することにより、対象に直接接触しようとしたが、その接触を精密に行うために、新たに書き言葉的なプロセスが大量に必要になったのである。伊達は、対象との直接の接触を実現するために、話し言葉のプロセスを無化し、書き言葉のプロセスを精密に遂行せざるを得なかったのである。

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