木箱と旅先の少年 (夢喰植物)/乾 加津也
に寝転んで見上げればわかる
すぐに気に入った
とある洋服ダンスの前に寝転び
威厳に満ちたそのたたずまいを見上げる
奇妙なのは最上の観音扉だけこちら側に傾斜していることだ
開けば
左右の扉はそれぞれ斜め下に垂れ下がるだろう
それでもその凛とした風格は
精緻な装飾もあいまってわたしをすっかり魅了した
(そこに少年の姿はない)
+ + +
帰り際
少年の祖母に会う
木箱の昇降管理人の彼女は、わたしについて
この世界に住む資格がある、という
ノートのようなものを取りだした
わたしが名前と住所を書けるように
しかし何度書いても
わたしの名前は鏡字になる
戸惑いに気づくと
大丈夫、それでいい
彼女はノートを引き取った
人のようでもあり
そうでないようでもある
木箱のなかで
揺らめくまばらな客とともにじっとしている
すぐに上昇して、わたしは
元の世界に
おりたつ
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