黒田三郎詩集 現代詩文庫を読む/葉leaf
 
小さなあまりにも小さな


小さなあまりにも小さな
ことにかまけて
昆虫針でとめられた一羽の蝶のように
僕は身動きひとつできない
僕のまわりを
すべては無声映画のように流れてゆく

両国の川開き
徳球北京に死す
砂川の強制測量開始
台風二二号北進
すべては
無言で流れ去るばかりだ

自己嫌悪と無力感を
さりげなく微笑でつつみ
けさも小さなユリの手を引いて
僕は家を出る
冬も真近い木もれ日の道
その道のうえを

初夏には紋白蝶がとんでいたっけ
「オトーチャマ イヌヨ」
「あの犬可愛いね」
歩いているうちに
歩いていることだけが僕のすべてになる
[次のページ]
戻る   Point(10)