男/たもつ
は高い高い空の果てに住んでいる)の輪郭を指でなぞった。見たことのないその生物は実体を有しておらずいわば概念としてのみ男の想像の中で存在した。その生物の鳴き声はやはり概念でしかなくそれは耳には響くことは無かった。その見たことの無い生物と、例えば現在居間にあるであろうリビングチェアのシルエットとの差異が男にはよくわからなかった。いや、本当はわかっている。翌朝になればごみ箱に捨てた物理の参考書がゴミの収集業者によりしかるべき場所へと運ばれることも。
さて、と突然にこの物語は終了する。人々が「物語」と称するそのほとんどすべては事実の断片にすぎない。男は参考書を捨てたコンビニで缶コーヒーと握り飯を買い、家では何度か屁をし、別れた恋人に泣きながら未練がましい手紙を書いたかもしれない。しかし、その一分一秒のすべてを物語は語ることはしない。もっと早くこの物語を終わらせても逆にあと百行続けたとしても何を語ることができるというのだろう。あなたはいつでも席を立って良かったのである。
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