男/たもつ
 
男は書店で物理の参考書を買った。大学を卒業し就職して既に十数年が経っている。文系出の男にとって物理など縁遠いものであったし、特段の興味があったわけでもない。それでも男は物理の参考書を買ってしまった。「〜してしまった」という衝動はきっと誰にでもあることだろう。正確に言うと「〜してしまった」というのは衝動ではなく何らかの衝動によりなされた行為について後悔をもって評価することであり、それではその衝動をどのように表現したら良いのかということを考えた時、言葉というものはいつも脆弱で危うい。
それはそれとして男はその参考書のありかを持て余している。男は小学生の頃、同級生たちが持ってくる色とりどりのいい匂いの
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