山本太郎詩集 現代詩文庫を読む/葉leaf
 
とは、言葉の指し示す対象ではなく、その指し示し方を言います。指し示し方があったからと言って、指し示す対象があるとは限らない。だから、「日本の大統領」には「意義」はあるが「意味」はないのです。
 さて、引用した「讃美歌」を見てみましょうか。「神 イエスを/靴べらにして/われを履き給いしかば」これは現実のこの世界とは対応していません。あくまで想像や虚構・比喩でしかありません。ところが、山本の態度は、現実との対応を無視して、想像や虚構・比喩に現実と同じだけの存在と強度と文脈をまとわせようとするものです。イエスは靴べらになり、われは神に履かれる。このイメージは、詩においては、現実の描写のもたらすイメージ
[次のページ]
戻る   Point(5)