夜明け前/佐々宝砂
 
目のまわりが充分に黒ずんでいるから
メイクはしないむしろもっと顔色を悪くしたい
歯はおあつらえむきにぼろぼろ
煙草吸うから脂できたない
昨日から何にも食べていないから
うまいことやつれて頬がこけている
これで首筋に噛み傷でもありゃ完璧なのだが
自分で自分の首を噛むのは難しいし
私に自虐の趣味はない
さらに理想をごく純粋に追求するならば
紅茶を飲む方が似合う気がしないでもないが
コーヒーを飲む
朝5時半だというのにコーヒーを飲む
それから睡眠薬を飲むあくまで適量飲んで
百五十年くらい前に書かれたマイナーな書物を開く
名付け得ない奇妙な生き物に恋してはいけないのか
人はやっぱり人を愛さないといけないのか
私の目は綺麗だ
あなたの目よりもきっとずっときれいだ
まだ窓の外は闇
結露に濡れた暗いガラスに顔を映せば
顔のない目と目のない顔が
私の姿をかたちづくる
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