伝説のおじい/salco
 

近くの店も木端微塵
山越えの道は避難民でごった返す
列に従う家族におじいは怒鳴った
「そっちに行って食い物はどうする」
担げるだけの荷物を担ぎ
一家だけが道を逸れた

ジャングルの勾配をしばらく行くと
日本兵の死体が転がっていた
「武器を取って来い」
息子達に命じた
それで鳥や猿を撃ち落とし
一家六人は食いつないだ
米軍の収容所に落ちのびた時
通訳を連れた軍医がやって来て
何故お前達は太っているのかと訊いた

戦後はまた沖縄に
移民に出た同郷は親や子や兄弟姉妹
誰かしら親族を失っていて
おじいの家は一名も欠けていなかった
それを寿ぎ記念して
屋号は以後フィリピン屋ぁとなった
だが田畑はもうない
おじいはまた商売を
今度は売る物も買える人もなく
家族は辛酸を舐め直す

昭和天皇と同い年で
崩御の報に
「勝った」
壁に飾った座右の銘は
「自心の外に浄土なし」
そんなわけで同郷には一目置かれ
親族には何かと煙たがられて
九十五まで生き、死んだ
おばあは九十七まで生き、死んだ

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